高校生最後の夏休み、ゆかりは彼氏の正幸と友人カップルとの四人でバーベキューへ出かけた。
ゆかりは正幸のバイクに乗せてもらい、友人カップルは彼氏が免許をとったばかりということもあり親の車を借りて行くことになった。
ゆかりは受験を控え、夏休みのほとんどを返上して受験勉強をしているなかでのわずかな時間を噛みしめるように、高校生最後の夏を心から楽しんでいた。
日が暮れだしたころ、暗くなる前に帰ろうと、帰り支度をはじめたとき、ゆかりは急激な眠気に襲われていた。
そこで正幸は「バイクの後ろでは危ない」とゆかりを友人カップルの車に乗せてもらい帰ることとなった。
帰り道は、くねくねとした山道ということもあり、若いカップルたちはいつものように「競争しよう」という話になった。
ゆかりを友人の車に乗せ、身軽になった正幸は前の車を縫うように走っていき、スタートして5分も経たないうちに姿が見えなくなってしまった。
ゆかりは、正幸が心配ではあったが、疲れているせいもあり、友人の車の後部座席でひとり、ウツラ…ウツラ…と寝息を立てていた。
無事に自宅にたどり着き、友人カップルに起こされゆかりがあたりを見回すと、いつもは早く着くはずの正幸がいない。
携帯はなぜか圏外になっており、連絡ができない。
しばらく正幸の帰りを待っていた3人だが、帰りが遅くなって親に心配をかけられないからと、一度解散して連絡を取り合おうということになった。
ゆかりだけは、今日は親の帰りが遅いということもあり、もうしばらく玄関先でまっていることにした。
しばらくすると、、、
プㇽㇽ…プㇽㇽ…
携帯が鳴り、正幸かと、ゆかりは慌てて電話を取った。
「ゆかりちゃん…私だけど…」
電話の相手は、先ほど別れた友人からだった。
「ゆかりちゃん、落ち着いて聞いてね」
友人が声を震わせ、落ち着きのない声でそういった。
「どうしたの!?」
慌てて聞くゆかりに、友人は
「正幸くんの親から私の彼氏の家に連絡があったらしいんだけど…」
電話の先で泣きながら話す友人の声を聴いて、ゆかりは嫌な予感がよぎった。
「正幸…どうしたの…?」
「私たちと別れた後、バイクで事故をして亡くなったって…」
「え!?」
そういってゆかりは放心状態で地面に座り込んでしまった。
「ゆかり」
心配になった友人カップルがゆかりの元に戻り、ゆかりの家でしばらく一緒にいようということになった。
それからしばらく経ったとき、
プㇽㇽ…プㇽㇽ…
ゆかりの携帯が鳴った。
携帯の画面には「正幸」と表示されていた。
慌てて電話に出ると、
「ゆかり、俺だ。わかるか?」
「ま..さ…ゆ..き…?い、生きてたの?」
「ゆかり、早くこっちへ来い」
「え?」
「今すぐこっちへ来い」
「こっちって、どこへ行けばいいの?」
「とにかく今から迎えに行くから家を早く出るんだ!!」
「うん!」
そういって電話を切ったゆかりは、すぐに2人に伝えようとしたとき、2人の顔から血の気がひいて怯えた顔になっていた。
「2人ともどうしたの?」
「今の電話、誰?」
おそるおそる聞く友人に、
「正幸、正幸が生きていた」
と、喜びを伝えようとしたが、2人の異常に怯えた顔がそうはさせてくれず、
「ど、どうしたの?」
と聞くことしかできなかった。
すると、友人の彼氏がゆっくり話し出した。
「ゆかりちゃん、俺の家に連絡があった時、正幸は病院に運ばれて亡くなったって正幸のお母さんが確かに言っていたんだ。それなのに、おかしくないか?」
「だって、今確かに正幸が…」
そういうゆかりを遮るように彼が話す。
「考えてみろ。仮に亡くなったのが間違いだったとしても、事故をしたのは間違いないし、そんな状態で電話なんかしてこれるかな…」
「それは…」
返す言葉につまるゆかりに顔を青ざめた友人が
「これって、もしかして正幸君がゆかりを一緒に連れて行こうとしてるんじゃない」
というと、彼氏が「そう」と言わんばかりに頷いた。
彼氏の突然の事故死、そして今あったばかりの、あるはずのない電話…。
頭が混乱状態でゆかりはどうしていいのかわからず泣き出してしまった。
しばらくすると、ドン、ドン、ドンと玄関をたたく音が聞こえてきた。
友人カップルは言葉をひそめ、何も言わず「行っちゃダメ」というように首を横に振った。
しかし、ゆかりは「正幸…」とつぶやきながら玄関を開けようとしていた。
慌てた二人は、「ダメだ!」「行っちゃダメ!」と、ゆかりの体にしがみついて愛する人のもとへ行こうとするゆかりを止めていた。
「ゆかり!俺だ!」
正幸の叫ぶ声がして、ゆかりは泣き叫びながら出ていこうとする。
それを必死に止める2人。
「早く来るんだ!早く!」
正幸の必死の声がゆかりを突き動かす。
「ダメ!」「行くな!」「連れて行かれるぞ!」
そういいながら、2人はなんとかゆかりを引き留めようと必死だ。
それでもゆかりは、少しずつではあるが正幸のもとへ近づいていく。
「ゆかり、早く!」
正幸の声がだんだんと荒くなる。
「頼む!ゆかり!お前△?$%〇*&×▲!!」
聞き取れないほどの荒声に、自分に何かを必死で伝えたいのだと直感したゆかりは、死を覚悟で2人を振りほどき、正幸のもとへ行こうと玄関を開けた。と同時に、目の前がパーッと真っ白になった。
気が付くと、ゆかりは病院のベッドの上で正幸に手を握られていた。
「え…正幸?私どうして…」
「ゆかり!!良かった!目が覚めたか!本当に良かった…」
正幸は目に涙を浮かべている。
状況の全く分からないゆかりに、正幸はゆっくりと話し始めた。
「ゆかり、落ち着いて聞いてくれよ。あの日の帰り道、お前達は事故にあったんだ…」
実は、バーベキューの帰り道、事故をしたのは正幸ではなく3人の乗った車の方だった。
ハンドル操作を誤って、対向車のダンプカーと正面衝突をしてしまい、前の2人は即死、後部座席のゆかりは病院のベットで生死をさまよっている状態だったのだ。
事故を聞いて駆け付けた正幸は、ずっとゆかりの名前を叫び続けていたのだという。
ゆかりはサーッと血の気が引いて震えていた。
「え、じゃあ、あの時、二人は死んでたの…?正幸のところへ行かなければ私は…!!」
そう。ゆかりを必死に連れて行こうとしていたのは、正幸ではなく友人2人の方だったのだ。